製造業がDXを進める前に考えるべき前提条件と3つの戦略

大変ごぶさたしておりました。「知っておきたいASEAN事情」以来、約5年振りのMONOist登場となります。この間、公私ともに大きな変化が起きていたのですが、ご興味のある方は「» 著者紹介」をご覧ください。

昨今「デジタルトランスフォーメーション(DX)」はあらゆるメディアで取り上げられ、バズワードの様相を呈しています。しかし実際には読者の多くの皆さんが「何となくコンセプトは分かるけど、具体的なイメージが湧かない」というのが実態ではないでしょうか。今回の連載では、DXの中でも製造業に特化した内容について、できるだけ具体的なお話を分かりやすくお伝えしたいと考えています。

「インダストリー4.0」の構成要素を示したレファレンスアーキテクチャモデル(RAMI 4.0)(クリックで拡大)                                   出典:Umsetzungsstrategie Industrie 4.0(インダストリー4.0実践戦略)

「製造業のDXとは何か」の前に考えるべきこと

コロナ禍は企業活動に大きな変化をもたらしたといわれていますが、実際は、大きな変化が新たに発生したのではなく、既に起きていた変化のスピードが大きく加速したのではないでしょうか。それまでのペースであれば、数年はかかっていた変化が、コロナ禍により、待ったなしの状況になったといえます。

こうした影響はもちろん製造業も例外ではありません。ここ数年の製造業を巡るキーワードと言えば「インダストリー4.0」「IoT」「スマートファクトリー」あたりでしょうか。もちろん、こうした言葉で表現されている内容が不要になった訳ではありません。むしろ早い実現が求められており、実現に向けた環境整備が製造業DXの目指すところと言えます。

では「製造業DXって何をどうすれば良いの?」という問いにお答えする前に、まずはDXを推進することで製造業が得ることのできる「成果物」について明確にしたいと思います。成果物としては以下の2つに集約されると考えます。

1の成果物は、業務の徹底した効率アップです。これは工場内だけのお話ではありません。顧客コミュニティー、仕入れ先コミュニティーを含むサプライチェーン全体の効率アップを目指します

2の成果物は、競合市場における優位性の構築です。これは製品性能や品質の向上だけではありません。ターゲット市場における自社製品のポジション、市場評価をリアルタイムに収集・分析することで、製品性能や品質だけではなく他の要素も含めて、競合製品に対する優位性を築くことです。

こうした成果物は、製造業にとっては当たり前のもので、特別新しいものではありません。しかし、例えば「サプライチェーンマネジメント」や「製販一体」などについても、手垢の付いた当たり前のことだと思われているものの、現実の世界では満足のいく体制を構築できているところは少ないのではないでしょうか。

DXに必要なスモールスタートと将来の拡張性の意義

もう1つ大切なことをお話しします。既存の工場では何かしらのシステムが稼働しています。ERP、生産管理、MES、生産スケジューラーなどのパッケージシステム、もしくは、10年以上前に手組みしているアプリケーションかもしれません。事業規模が大きな製造企業ほど、上位にある基幹系から製造現場レベルまでさまざまなシステムが存在し、各システム間をインタフェースでつなぐ運用をしています。逆に事業規模の小さい場合は、何かしらのシステムはあるものの、多くの業務をExcelで代行している運用が多く見受けられます。こうした“既に動いている現実”を無視してDXを推進するのは無理があります。

ただ、単純に現行システムを最新のシステムにリプレースするだけでは、理想として描かれているDXを実現することはできません。一般的に、過剰なIT投資を回避する方法として「スモールスタート+将来の拡張性」を採用するケースが多いのですが、DXこそこの手法を適用することが最適だといえます。「小規模なIT投資→投資効果確認→次レベルのIT投資→投資効果拡大」といった、ROI(投資利益率)に基づいたPDCAサイクル確立が効果的だといわれています。

製造業でソリューション例とその位置付け(クリックで拡大)出典:2017年版ものづくり白書

製造業がDX戦略として考えるべき3つの戦略

これらの前提を踏まえた上で、ようやく製造業向けDXの具体的な内容について考えることができます。今回は、DX戦略の項目として以下の3つの戦略について概要を示します。詳細な内容については次回以降でお伝えしていくつもりです。

1 – プラットフォーム戦略
B2Cの世界では、GAFA(Google、Amazon.com、Facebook、Apple)に代表される米国のインターネット企業によるプラットフォーム戦略が浸透しており、顧客囲い込みでは最も効果的な方法として定着しています。では、B2Bの代表例ともいえる製造業にとって、プラットフォーム戦略にはどんな魅力があるのでしょうか。

一言でいえば、プラットフォームを活用した「エコシステム」の構築だといえます。個別のシステムをシステムインテグレーションにより連結するのではなく、同一プラットフォーム上にある複数ベンダーが提供するシステムを、自由に選択し運用できるようにするのがエコシステムの考え方です。複数モジュールで構成されるERPの拡大版をイメージすると理解しやすいかもしれません。こうした「エコシステム」の構築をどう実現するのかということがDXにおける1つのポイントであり、戦略として練らなければならない領域になります。

2 – クラウドアプリケーション活用戦略
これもプラットフォーム戦略と同様、B2Cアプリケーションの世界では定着しているものだといえます。映像配信サービスやゲームをはじめ「サービスモデル」「サブスクリプションモデル」が一般的な課金システムとして確立しています。B2Bでは、会計システムや顧客管理システムなど一部を除いて、従来の「オンプレミスモデル(ソフトウェア使用許諾権購入)」が大半です。これは、現時点ではクラウドアプリケーションの選択肢が限られている現実があるからだといえます。

しかし、今後多くの業務アプリケーションがクラウドにより提供されるようになれば、こうした状況も変化してくることが予測できます。業務アプリケーションでも「サービスモデル」が主流になる日が来るのは間違いなく、これらをどう活用するのかを考えておく必要があります。

3 – 視野360度戦略
製造業にとって従来のデジタル技術を活用する仕組みのほとんどは、工場内の業務を管理対象とし、工場内の見える化を図るものでした。しかし、実際の製造活動では、顧客との受注の変化点管理、仕入れ先との購買の変化点管理、また、外注管理といった外部コミュニティーとの「つながり」を無視して業務を進めることはできません。一部の大手製造会社を除けば、外部コミュニティーとの連携は現在、メールや電話、FAXなどによる属人的な運用が行われているケースが大半です。これらは間違いなく「改善しなければならないポイント」だといえます。従来の部門や会社ごとのシステムの役割を、包含的に考え属人的に無理にシステム連携させることで生じていた無駄を減らすための新たな仕組み作りに取り組む必要があると考えます。

今回はまず製造業がDX戦略を考える上で必要になる前提と、3つの戦略の概要について紹介しました。次回は、まず3つの戦略の内「プラットフォーム戦略」についてより詳しく紹介していきます。欧米の大手パッケージベンダーは一様にプラットフォーマーを目指しています。また、B2C向けプラットフォーマーのB2B向けサービス提供も始まっています。業務アプリケーションの世界も、今までの様な製品間の競合ではなく、まずはプラットフォーム間の競合があり、その先にプラットフォーム内製品の競合と言う2段階の競合機会が生まれるかもしれません。こうした状況を紹介していくつもりです。

筆者紹介

栗田 巧(くりた たくみ) Rootstock Japan株式会社代表取締役

【経歴】

1995年 マレーシア・クアラルンプールにてDATA COLLECTION SYSTEMSグループ起業。その後、タイ・バンコク、日本・東京、中国・天津、上海に現地法人を設立。製造業向けERP「ProductionMaster」と、MES「InventoryMaster」の開発と販売を行う。

2011年 アスプローバとの合弁会社Asprova Asiaを設立。

2017年 DATA COLLECTION SYSTEMSグループをパナソニックグループに売却し、パナソニックFSインテグレーションシステムズの代表取締役に就任

2020年 クラウドERPのリーディングカンパニーRootstockの日本法人であるRootstock Japan株式会社の代表取締役就任。