第2回 「製造業のDXでも必須となるプラットフォーム戦略、その利点とは?

製造業にとって「デジタルトランスフォーメーション(DX)」が大きなトピックとなる中、本連載では製造業がどのように取り組むべきかという戦略について分かりやすく紹介しています。前回の 「製造業がDXを進める前に考えるべき前提条件と3つの戦略」では、その全体像と前提条件について解説しました。その中でDX戦略として「プラットフォーム戦略」と「クラウドアプリケーション活用戦略」「視野360度戦略」の3つの戦略を考える必要があることを示しました。第2回となる今回はその中でも紹介した「プラットフォーム戦略」について考察していきます。

プラットフォームとは何か?

本題に入る前に「プラットフォーム」とは何かについて少し整理しておきましょう。この連載におけるプラットフォームとは「ソフトウェアが稼働する環境」を意味します。このプラットフォームを提供する仕組みとして、今注目されているのが「PasS(Platform as a Service)」です。このPaaSをご説明するついでに、類似用語であるSaaS、IaaSもまとめて紹介したいと思います。

1- SaaS (Software as a Service)

ソフトウェアをサービスとして提供することです。ユーザー側は何も保有せずに、機能だけを活用し、対価を支払うというものになります。SaaSの具体例としては、Gmail、Yahooメールなどのフリーメール、顧客管理システム、会計システムなどの業務ソフトなどが挙げられます。最近では数多くのソフトウェアがサービスとして提供されるようになっています。SaaSについては次回の「Cloudアプリケーション活用戦略」で改めて詳しく取り上げます。

2 – IaaS (Infrastructure as a Service)

ITシステムの稼働に必要な仮想サーバやセキュリティ機能などのインフラをサービスとして提供すること。IaaSの具体例としては、Google Compute Engine、Amazon Elastic Compute Cloud、Microsoft Azure IaaS、Oracle Cloud Infrastructureなどが挙げられます。従来はITインフラを構築するにもいちいちハードウェアの用意やセットアップなどを一から行わなければならなかったのが、インターネット経由のサービスとして活用できるために、必要に応じてサーバ構成を柔軟にスケールアップしたり、スケールダウンしたりすることができます。ただ、インフラのみを提供するわけですので、システムやサービスそのものの開発は利用者側が行います。

3 – PaaS (Platform as a Service)

ソフトウェア稼働に必要なデータベースやプログラム実行環境などをサービスとして提供すること。PaaSの具体例としては、Google Apps Engine、Microsoft Azure、AWS、Oracle Cloud、Salesforce Platformなどが挙げられます。IaaSで提供されるものに加えて、アプリケーションの開発環境や実行環境などをサービスとして提供するというものになります。アプリケーション開発は利用者側が行いますが、その開発に必要なものが提供されます。

プラットフォームを取り巻く環境

B2Cの世界ではGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon.com)に代表される米大手プラットフォーマーによる市場の寡占化が進んでいます。もともとはGoogleは検索エンジン、AppleはPCや音楽端末、FacebookはSNS、そしてAmazon.comはECサイト運営が本業でした。しかし、それぞれの市場での地位を活用してプラットフォーム環境を構築し、さまざまな製品サービスを提供しています。フリーメール、地図検索、音楽配信、映像配信、金融決済など、今ではGAFAが提供するサービスは多岐にわたり、人々の生活に欠かせないものになっているといえます。

AWS marketplaceの画面イメージ(クリックで拡大)出典:AWS

同じことがB2Bの世界でも進行しています。その1つの例としてSalesforce.comがあります。営業支援システム(SFA)、顧客管理システム(CRM)を提供するSalesforce.comは「AppExchange」というマーケットプレース(アップルのApp Storeに近いコンセプトのもの)を運営しており、そこではさまざまな業務アプリケーションを提供しています。財務会計、人事管理、生産管理などの業務アプリケーションから、帳票作成、ファイル管理などさまざまなツールがそろっています。その他、Amazon.comのAWAなど、B2CプラットフォーマーのB2B向けサービス領域への進出も活発に進んでいます。

プラットフォーム戦略の観点から見ると、プラットフォーム提供者(プラットフォーマー)と被提供者(ユーザー)で大きく意味合いが異なります。プラットフォーマーの最大の目的は顧客の囲い込みだといえます。同一プラットフォーム上でさまざまな製品やサービスを提供することで、ワンストップで完結するモデルの提供を目指しています。では、ユーザー観点のメリットは何でしょうか。前置きが少し長くなってしまいましたが、ここからが今回お伝えしたい内容となります。

DX戦略としてプラットフォームがもたらす価値

ここからは製造業向けのDX戦略として「プラットフォームがもたらすメリット」を考察していきます。ここでは、同一プラットフォーム上にあるアプリケーションの組み合わせで「エコシステム」を構築することを前提とします。その場合、筆者は以下の3つの利点があると考えます。

1 – システムインテグレーション(SI)が不要

生産活動ではさまざまなシステムが必要になります。設計用のCADやPLM(Product Lifecycle Management)システム、現場管理のMES(製造実行システム)、生産スケジューラー、生産管理システムなどです。こうしたシステムを個別に導入した場合、システム間のデータを連携するためのインタフェースの構築が必要です。一方、同一プラットフォーム上で展開するアプリケーションでは、それぞれのデータ連携が標準仕様とされるのが一般的です。これはプラットフォームが定めた設計仕様に基づいて、各アプリケーションが開発されているためです。そのため、データ連携のためだけの新たな開発は不要となります。

2 – データベースの一元的な運用

同一プラットフォーム上であれば、各アプリケーションのトランザクションデータは一元化されたデータベースに収納することができます。データベースを一元管理するメリットは、システムの垣根を越えた複数データを基にデータ分析が可能になることです。例えば、販売管理システムの持つデータと生産管理システムの持つデータを結び付けたKPI(重要業績評価指標)分析が容易に行えるような利点があります。

3 – セキュリティを確保しやすい

データの重要性が高まる中で、これらのデータを守るセキュリティ対策は必須となります。顧客データ、販売データ、部品表、製造原価など、製造業が保有するデータは多岐にわたります。こうした重要なデータのストレージとしても、高度なセキュリティ機能の重要度は高まっています。しかし、これらを守る高度なセキュリティ対策のために個々の企業で大規模な投資をし続けることは難しくなりつつあります。そこで大規模なセキュリティ対策を取り続けられるプラットフォーマーに預けることでデータの安全を確保するということも利点だといえます。

2020年からは5Gサービスが開始されました。従来の4Gの20倍ともいわれる超高速通信は業務システム運用にも大きな変化を生むことが予見されます。コロナ禍によりリモート接続機会が増加し「いつでも・どこからでもストレス無くつながるシステム」の実現が求められる中で、セキュリティの確保をどうするのかというのは考えていかなければならない大きなテーマだと考えます。

今回の内容はいかがだったでしょうか。今後、B2B領域でもプラットフォーマー間の競合が本格化する可能性が高いと思われます。同時にERP(Enterprise Resources Planning)システムに代表される業務管理アプリケーションだけでなく、生産設備を制御する現場系システムもプラットフォームに移行する時が来るかもしれません。

次回は「クラウドアプリケーション活用戦略」と題して、業務用アプリケーションにおけるオンプレミス製品とクラウド製品の比較、そしてクラウドアプリケーションの将来像について考察していきます。

筆者紹介

栗田 巧(くりた たくみ) Rootstock Japan株式会社代表取締役

【経歴】

1995年 マレーシア・クアラルンプールにてDATA COLLECTION SYSTEMSグループ起業。その後、タイ・バンコク、日本・東京、中国・天津、上海に現地法人を設立。製造業向けERP「ProductionMaster」と、MES「InventoryMaster」の開発と販売を行う。

2011年 アスプローバとの合弁会社Asprova Asiaを設立。

2017年 DATA COLLECTION SYSTEMSグループをパナソニックグループに売却し、パナソニックFSインテグレーションシステムズの代表取締役に就任

2020年 クラウドERPのリーディングカンパニーRootstockの日本法人であるRootstock Japan株式会社の代表取締役就任。